こんにちは! 占いワールド事務局スタッフ・占部めい&卜部まいです。 今回の占いコラムは、東京・恵比寿の占い学校アカデメイア・カレッジの学校長であり タロット・カードと西洋占星術の講師でもある、森信彰雄先生の登場です。 占い講師歴20年以上、今年10周年を迎えるアカデメイア・カレッジで精力的にご活躍中の森信先生に、占いと出合ったきっかけや授業のこと、そして今後の展望などを、たっぷり語っていただきました。
ヘンな子どもでした。病原菌や寄生虫を調べたり、人が目を背けるものや、エログロナンセンスな世界が好きでした。オカルトや霊的なことにも興味を持っていて、たくさん本を読みました。コックリさんもモチロンやりましたよ。私自身、特に霊的な体験はないのですが。 小学校の頃はトランプ占いで遊んだり、中学校の頃は『ジプシー占い』という本を買って読んでいました。ただ、占いには少し興味がある程度で、中学から高校時代の前半は、「占い」といっても独り占いで、ちょっと遊ぶくらいでしたね。メインはクラブ活動の柔道で、熱心に取り組んでいました。高校1年の春に入学して黒帯(初段)になったのですが、中学と高校時代はずっと引退するまで柔道の部活を続けていました。
小さい頃は医者や英語の先生になりたくて、高校に入った頃は政治家になりたいと思っていました。一方で、意味もなく苦しいだけの受験勉強に埋没するのがイヤでした。中学受験の頃までは何でもできる優等生だったんですが。 うちは両親が厳しくて、学校もバイト禁止でした。当時買いたい本がたくさんあったけれどお金がなかったので、コッソリ新聞配達のバイトをやっていました。ところが、「危ない」という理由で親には自転車を買ってもらえなかったので、乗り慣れていなかったんです。過保護ですよね。配達で回った場所は急なカーブの山道だったのですが、ある日の明け方、後ろからマウンテンバイクを斜めに傾けながら、曲がり道を疾走していく人がいたのです。カッコよかったのでそのマネをしようとしたら、曲がりきれなくて、ガケに追突してしまいました。自転車は大破して、顔中血だらけの大怪我をしました。
高校に入学した頃から何となく無気力になってきて、自分の人生に対して漠然とした不安を持っていました。「人間は何のために生きているのか」とか「自分の存在は何か」とか。考えても仕方ないことをモンモンと考えて、深みにはまっていったのですが、高校3年生の夏に、中国新聞の「街の人のリレーコラム欄」に占い師、リリー・マリンカさんの紹介記事が載っているのをたまたま読んだんです。そのインタビュー記事には、当時の私の胸に突き刺さるような言葉がいろいろ書いてありました。「占ってほしい」のではなく、もっと話を聞きたい、自分の話も聞いてほしい、という思いで会いに行ったのが、占いと本格的に関わるきっかけになりました。 マリンカさんはとても神秘的な雰囲気を漂わせている方で、私が悩んでいることを話したところ、占うわけでもなく、「君、コレ見たことある?」といってタロット・カードを見せてくれたんです。それも、オスワルト・ウィルトのカードで、「タロット・カードには人間を構成する肉体と精神と魂の3つを、鉛の状態から黄金状態に変容させる錬金術の秘密が絵柄の形で隠されているんです」と説明してくれました。やるべきこともやらず、モンモンと悩んでいたその時の自分は、まさに鉛だったので、その錬金術の話を聞いてハッとしたのです。
勉強は独学です。自分で本を買っては読み、実践で使ってみては、修正して、占いの技法を身につけました。高校生の頃は木星王先生の本や神秘学の本を読み始めて、わからないところはマリンカさんに教えてもらっていました。マリンカさんはルネ・ヴァン・ダール先生の門下生だったので、大学受験で上京する時に紹介状を書いてもらい、会いに行きました。その後、ルネ先生には占いや人生に対する考え方を形成していく上で大変お世話になりました。
大学院に進んで、宗教学などを勉強したいなという気持ちがありました。会社勤めは最後の手段で、サラリーマンにはなりたくないと思っていました。占い師で生きていくなら、鑑定で1日何人見て、鑑定料はいくらで・・・と試算したり。モラトリアムだったのかもしれませんが、いろんな選択肢を前に悩みながら占いの仕事を続けていたような気がします。「自分には占いの道しかない!」と思うようになったのは、30歳に近づいた頃ですよ。
芥川龍之介の『魔術』という短編小説が好きで、その主人公の名前にちなんで自分でつけました。人間の醜い欲望を見透かすような、すごいファンタジックな話で、「マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません」という一節が冒頭に出てくるのです。あの作品が発表されたのが確か大正時代、自分の祖父が生きていた時代なので、そこから数えたらV世かなと。しかも、ルパンV世も好きだったので。占い師としてこの名前で活躍していたのは10年くらいです。
占い師として始めて鑑定ブースに入ったのは、21歳の時です。最初は、「若い(=頼りない)」、「男性」、「経験が浅い」の三重のハンディでした。エリを立てて、スカーフを巻いて、サングラスをかけて…自分では大人っぽいミステリアスな雰囲気を意識していたのですが、ある時高校生のお客さんに「ちょっとコワイ」と言われてしまって。「ああ、こういう格好はダメなんだ」と気付いて、衣装や看板を総とっかえしました。「マティラム・ミスラ」という占い師名がインドの名前だから、まず、民芸品店でインド風のベストを買い、それだけじゃ物足りなかったので帽子を用意して、リボンとバラで飾りました。エキゾチックな雰囲気のインド風の衣装に変えてから、急にお客さんがたくさん来るようになりました。
人に教えることの方ですね。鑑定することも好きだけれど、中学生の頃英語の先生になりたかったくらいなので、講師の仕事はおもしろいです。最初から占い学校をやろうと思っていたわけではないですが、20代の頃からカルチャースクールで教室を持たせてもらっていて、生徒さんとのディスカッションを楽しんでいました。人に教えたり、生徒さんの質問に答えるためには、勉強しなければいけないこと、準備しなければいけないことが多くて大変なのですが・・・。多分、勉強するのが好きなんですね。
タロットは状況をビジュアルで見せてくれるので、感覚に訴えることができます。難しいことを言わなくても、カードを見ていれば良いか悪いかわかるので、親しみやすく、わかりやすく、説得力がある。自分の想像力を広げて行く時にも役立つし、自分のその時の状態を映し出してくれる鏡のような役割もしてくれます。コレクションしても美麗だし、持ち歩くのに便利なのも良いですよね。 西洋占星術の長所は、人間の性格とか、行動パターンを見て行く時、細かい分析ができること。占星術をマスターすると、人間に対するものの見方がすごく柔軟になります。上手に活用すれば人間関係が円滑になるし、自分の長所を伸ばすのにも有益な情報を与えてくれます。 命術とト術は両方必要です。特に、時期的なことを占う時は、タロットでもカバーできるのですが、占星術を併用した方が圧倒的に強いです。一方で、占星術は長いスパンの運勢を見ていく時には便利だけれど、「今の相手の気持ちは?」というような内容を占うのは難しい。タロットと西洋占星術を両方マスターしていれば、お互いの弱点を補えるし、質問内容によって使い分けができます。
まず、実用目的では、自分の主観だけに左右されない物事の判断や選択ができるようになることです。もうひとつは、「占い」はいろんな文化の交差点のような産物で、「占い」をきっかけにして知的好奇心や視野が次々に広がるということ。そのためには、神秘学、宗教、思想、歴史などに興味を持っていることが必要ですが、活かし方が上手なら、「占い」がいろんな世界への導入となって、その人の内面を豊かにすることができるのではないでしょうか。
きめ細かい感受性と、それとは逆に内面的な強さ、それから小説家のような想像力の豊かさの3つをを持ち合わせている人です。「弱さの魅力」というか、相手の痛みや悲しみ、喜びも含めて共感できること。でも「弱さ」だけだとつぶされちゃうので、その一方でそれを乗り越える「意志の強さ」が必要なのです。まったく相容れない「弱さ」と「強さ」、お客さんに共感できるみずみずしい感受性と、お客様を強くリードする力を両方持たないといけない。 作家のような想像力の豊かさとは、お客様を占うと、その人を主人公としたあるシーンがふっと浮かんでくるということ。占いの結果を伝えた時に、お客様が「ああ、それってわかる!」という気持ちになって、想像がつくようなストーリーを語れることが大事です。そのためには、占い師も想像力を磨く訓練をしなきゃいけませんよね。映画やドラマを色々見たり、小説をいっぱい読むとか、いろいろな方法がありますよ。 でもね、訓練しなくても、生まれながらにストーリーテラー的な素質を持ってる人もたまにいます。カウンセリングなんて勉強しなくても、聞き上手で、話を整理しながら会話を進めるとか、カウンセリングの技法を自然と使える人がいるのです。 そういえば、かつてタロットのことを何にも知らない「タロットの達人」がいました。ある占いイベントに出演した時のこと、タロット占いをしたら、「このカード、うちのお父ちゃんに似てる!」とか、勝手にしゃべり出したお客様がいました。その方はタロット・カードを見て、自分で物語をつくって楽しんでいたんですね。私は「ヘー」と相づちをうっているだけでしたが、その方は最後に「よく当たっていたわ!ありがとう」と言って帰りました(笑)。想像力がある人がタロット・カードを手に取った瞬間、その想像力は増幅するのですね。
占いに使われないようにすることです。つまり、占いに振り回されないようにすること。もし振り回されたら、いったん離れた方がいいですね。占いは想像力を増幅させる反面、依存したり、悪いことを妄想するネタにもなるのです。だから、自分を占う時は、自分を占う対象として区分けできないと、百害あって一利なしですよ。占い師に鑑定してもらう時も同じです。ある程度、客観的な視点を持たないといけません。占いには麻薬のような作用があって、はまるとやめられなくなります。
最近は、占星術のテクニカルで細かいテーマにはほとんど興味がないんです。なぜなら、そこに本当の秘密はないということがわかっているから。それよりも、占いとまったく関係ないところで、占いとシンクロするような神秘現象や不思議を見つけたときにワクワクしますね。二十年以上も占いを続けていると、占いから離れたとしても、常に占いとともにある感覚です。最近は占いの道具を使って未来の予測をしなくても、気配や兆候などで未来に何が起こるかが自然にわかります。知識や情報は関係なく、カンも含めてだけれど、身の回りで起こる現象がすべて占いになってくる。もちろん自分や他の人のホロスコープも見ますが、全身が占いセンサーとなって働いているので、実はあまり必要ないです。例えて言うなら、掃除や皿洗いをしている時も、占いをしているような感覚です。 そういう感覚が、タロットを広げた瞬間、全開になる。今の学校を立ち上げた頃、タロット・カード演習のクラスで扱ったテーマで、展開されたタロットからそのテーマの細かいことまで、すべてわかったことがありました。生徒さんに「どうしてそんなことまで分かるのですか?」と聞かれ、「カードの並びがこうだから…」と説明しましたが、それはあくまで後付けの説明でしかなく、その時はカードを見ただけで、自然とすべての状況が手に取るようにわかったのです。そのとき以来、その感覚が日常的になりました。体調が悪いとうまくいかない時もあるけれど、しばらくするとまた開き始める。いつでもフタが開くように、普段から自分がそういう感覚に近づく練習をしておかないとね。
一生の伴侶ですね。これまでの人生の大半をずっと占いと共に歩み続けてきて、今の生活も仕事環境も占いによって与えてもらっている。これからも死ぬまで占いを続けると思うし、占いは人生のパートナーです。
アカデメイアの社長ブログ by 森信彰雄 http://morinobu-akio.seesaa.net/
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